宮 典史 君へのインタビュー
宮 典史
2003年3月28日渡米。 家族:3人兄弟の末。5人家族。
趣味:スノーボード、ラグビー、洗車。
1) 理由:なぜパイロットに興味があったか。

興味を持った理由は判らないというか覚えてない程、物心ついた頃から飛行機が好きでした。幼稚園や小学校の頃に作ったコップからゴミ箱まで模様は何れも飛行機の絵でしたし、母の作るホットケーキも飛行機の形でした。また、小学校2年の時に家族旅行でハワイに行った時、帰りの飛行機で‘両親がパイロットに頼んでくれたのでしょうか”コクピットに座る事が出来ました。あの時の感動は今も忘れられません。しかし、高学年の時に目が悪くなったのと英語が嫌でしたので、パイロットには成れないと思っていましたし、ずっと興味は持ち続けていましたが諦めていました。

2) 動機ときっかけ。

高校時代の恩師、温井先生とバンクーバーで偶然出会えた事です。
2002年6月から2003年2月にかけての8ヶ月をワーキングホリデイでバンクーバーに滞在していました。滞在中、ホームステイしていた所のファミリーが紹介してくれた日本食レストランで働いていた11月のある日、店をオープンしてすぐに来られたお客さんが先生でした。異国の地で、それも全く偶然の出会。先生は交換留学生の引率でバンクバーに滞在されていて、夕食に招待された折、僕が何故ここにいるのか目的や将来の事を色々聞いて頂きました。在校時は嫌いな英語でしたが、カナダに住み英語というものが必要に迫り好きに成らざるを得なく成った事や、パイロットへの夢を持ちつつ視力が規定外なので諦めざるを得なかった事。先ずは、帰国し大学を卒業して管制官を目指そうと思っている事等を聞いて頂いた所、先生の教え子がアメリカでフライトスクールをやっているという話を聞き、連絡をとって詳しい話を聞いてみようという事がきっかけに成りました。脇田校長より直接話を伺った所、視力の規制が日本より低い事やパイロット免許取得が決して難しくない事等を聞き、即入学を決定しました。それからビザ取得の為に一旦日本に帰国し、3月28日にこちらへ渡米して来ました。異国の地で、恩師との出会いがエアーアコードに辿り着かせてくれました。

3)秘訣、苦労話、楽しかった事。
苦労話といえば、自家用最終ステージに入った時、座学の進行をフライトが追い抜いてしまった時です。皆さんの場合は最終ステージに入る前に座学を終わらせて学科の本試験は受験済みなのですが、私の場合自分が悪いのですが、なんせ飛ぶのは好きなのですが本を相手の勉強が苦手で、乗りたい飛行機を前にして座学で苦労しました。でも、入学してからの3ヶ月間で休んだのは1日だけでした。詰め込んで休まなかったのではなく、楽しくて毎日来てしまったというのが本音です。今でもそうですが、私は未だにサンフランシスコやサンノゼのダウンタウンへ観光に行った事もありません。機会が無いのもあるのですが、今は飛行機の事を勉強する方が楽しいです。

4)今後の可能性、目標。
可能性と言われればよくわからないのですが、目標はエアーアコードのハンガーに所有機を収納している2人の初老ですね。愛機を磨いて可愛がっている時もあれば、カウリングを開けて整備に取り組んでいる真剣な姿。あんな風に、歳をとっても飛行機と生活していたいですね。その経過で、777を自分の手で操縦して、関空に降り立ちたいです。

5)Air Accordのお薦めポイント。

エアーアコードは良いですね。皆が楽しくやっているって言うのもありますけども、特にフライト中は良いですね。厳しく、優しくって感じです。生徒が真剣な分、教官も飴だけでなくムチもたまには出して、気を引き締められます。何より、生徒一人一人に合わせて教えて貰えるのが良いです。
6)パイロット訓練を受けたメリット。
メリットよりもデメリットが先に思いつきます。入学に際して、親、兄弟、祖父母から金銭的に支援して貰わないといけなかった事です。メリットは、今がすごく楽しいです。訓練を受けるにつれ、飛行機をどんどんもっと好きになって来る事です。バカ息子に協力していただいている家族に感謝してもしきれないです。