双発免許を取得さた石井隆人さんへのインタビュー
石井隆人(イシイ タカト)1967年生れ。
北海道に本社を持つ航空会社の整備士。整備の経験を積み乍ら、パイロットを目指す。97年7月自家用単発を取得し、5年振りの母校で此の度は双発を取得。未だ、事業用と計器証明を取得しないといけないので、目標は山積み。
スムーズに事が運ばない現実ながら、飛びたい気持ちを大事にし、整備に励んで居ます。
1) 5年前、自家用取得した時を回想して。

2度の休暇を利用して渡米し“30歳迄に自家用を取る” と決めていた5年前は精神的、金銭的に本当に辛かった。其所へ30歳のリミットと不可能な休暇願いに、会社を辞めて三度目の渡米。歳は若くも無いし頭も悪い、金も無いし日本に帰っても仕事も無いで、無い事ずくめに気ばかり焦って、思い返すと総てに余裕が無かったです。訓練の方も英語が苦手なので、座学・ATCと苦労し、脳に血液が回って無いので頭がカチカチ。持参したツボ押しでコリをほぐす毎日でしたが、自家用を取って帰らない事には先へ進めないと自分を叱咤し、後が無かったので帰国予定を延ばし、何とか自家用を取る事が出来ました。免許を手にすると、ナパやサンフラン上空を飛んでみたい、着陸の技を磨きたい、等等、可能性が広がり‘飛びたい病”になりました。お金に余裕があったら‘PICでのフライトをもっと楽しんで帰国出来たのに”それが残念でした。

2)双発取得を思い立った動機。

日本の事業用を取ろうと思っているので、アメリカで双発を取って日本の事業用を取得すれば、“事業用多発”に書き換えが出来るので、当初から双発を取る事は考えていました。何故5年も経った今なのかと言うと、昨年末頃から出張先で飛ぶ機会を得た事、事業用の訓練を受けようと思っていた学校が無くなりそうだった事、長期休暇を取るのに適当だった事、お金もそこそこ貯まった事。5年間ずっと焦りを押さえて来ましたが、色々な事が重なり、我慢出来なくなってAIR ACCORDへ電話し即決したという訳です。

3) 5年のブランク等、不安要素は無かったですか?

4年半振りに出張先で数時間飛んでいたので、飛ぶのは何とか成るだろうと思っていました。行く前にFAR/AIM等の復習があまり出来なかった事と英語が不安でしたが、そんなに深く考えませんでした。私は行動を起こす前は慎重に考えますが、考え過ぎても先へ進めないし、自分をその場へ追い遣って今までやって来ました。また、精一杯やって駄目ならそれまで、思い切りも大事にしています。但し、英語は必要不可欠と実感しているので勉強しなければと思いつつ、日本語も碌に出来ない私ですから、最大の難関です。

4)双発に乗ってみて、訓練を開始した当初の感想。

仕事柄大型機を見慣れている私ですが、セネカの操縦席に座ってエンジンを始動すると、こんな大きな機体を操れるだろうかと思いました。操作する事は多いしスピードは速くて、少しでも目を逸らすと高度が変わるので慌てました。最初は、通常操作の手順を覚えるのに精一杯でした。また、スピードの速さに慣れなければと思うものの、何時も手順や降下開始が遅れていました。エンジン出力とプロペラ操作、カウルの開閉からギアーと手動フラップの上げ下げを全身使って繰り返し行う離着陸訓練は夏の土方仕事宛らで、こんなに重労働をするとは思ってもみませんでした。。

5) 訓練中の楽しかった事、辛かった/大変だった事。

C-152に比べシステムが複雑化する分操作も増えますが、思う様に操作する事が出来て手順通りに運ぶと“此れが飛行機だっ”と言う感じで、とても楽しかったです。また、着陸が上手くいった時の気分は最高でした。訓練の途中、サウスカウンティー空港で鳴沢教官と二人機体から降りて休憩した時、ホッとしたのか何だか良かったです。あの時の情景を今でも思い出します。辛かった/大変だった事は、何と言ってもATC。聞けているのですが、返答を作るのに時間が掛かり、タイミング良く返答できない自分が嫌に成りました。それとフライト中の操作、システム的には解っているのに、措置要領についての理由を理解するのに時間が掛かり、又それがスムースに出来なかった時は辛かったです。あと、試験真近で教官の目も吊り上がって来ているのを感じ乍ら、ガスって視程が悪く目標定かでなかったマニューバーは初めてだったので大変でした。視程が何マイルあるのか、見当もつきませんでした。

6) 自家用単発訓練と比較して。

自家用単発を取得しているので、双発の訓練は基本的にその機体についての訓練だけなので、楽かと思っていました。フライト中、片方のエンジンを止めたり回したりの訓練があり、急冷と燃焼を繰り返しエンジンにとって良くない事をしている為、運用には気を付けなければなりません。飛行前にはエンジンを入念に点検し、フライト中はエンジン計器に注意を払う。訓練期間の前半は両エンジン、後半に入っての“main”は片発での訓練。片方のエンジンが止まれば、単純に機体が横に振られるだけと思っていましたが、それだけでは終わりませんでした。“Vmc”クセモノです。その上、双発はエンジンが1つ止まっても、もう1つのエンジンでフライト出来る可能性があるので、その後の措置を誤り無く選択しなければ成りません。飛び方では、単発機と全く別の考えが必要な所があります。

7) 感想。

5年前の時もそうでしたが、AIR ACCORDの教官皆さんはとても情熱的に指導してくれるので厳しい時もありますが、この学校で訓練出来て本当に良かったと思っています。出来の悪い生徒で大変だったと思いますが…。今後、PICでの経験をもっと積まなければと思っていますので、その時はまた宜しくお願いします。それと、マックニールファミリーの皆様へも宜しくお伝え下さい。学校での訓練と同様、アメリカでの生活基盤であるホームステイで素晴らしいファミリーに出会えました。たった4週間でしたが、家族になれた様な気がしました。この4週間、意義ある本当に良い経験をしました。

8) 今後の予定。

早いとこPICを100時間に。あと50時間位ですが、何処か安く飛べる所が日本にもあれば良いのですが。それと事業用の訓練、計器は…。事業用が無事取得出来たら、“誰か私を雇って下さい、整備資格も有りますよ!操縦して整備して、少人数の所だったら重宝しますよ!将来の夢は、ビジネスジェット機に乗れたら最高なのですが…。”勇気ある方の連絡お待ちしております。