エアアコード卒業生、今もフライト楽しんでいる上村晋也さんへのインタビュー

上村晋也(カミムラ シンヤ)1957年生れ
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東京に本社を持つ部品メーカーの営業マン
99年4月にカリフォルニア営業所に赴任
趣味:ゴルフ人並み程度、アウトドアライフ全般が好き、でも人並み。同年6月エアーアコード脇田校長に出会い、1年後自家用固定翼機技能免許(プライベートパイロット)取得。それ以降週末の趣味はほとんど飛行機と接するようになる。本社出張などで日本に一時帰国したときなど、飛びたい飛べない病が発症。
早く飛びたくて、一目散にカリフォルニアに戻る。

1)理由:なぜパイロット免許に興味があったか

正直なところ『子供の頃から空に憧れて…』とか、『親兄弟がパイロットだったんで…』などの直接理由はありませんでした。ただ仕事柄アメリカに何度も足を運び、とうとう住み着くようになってしまった駐在員という環境下、この際日本では出来ない事をなにか思いっきりやってみたいと思っていました。日本では絶対不可能というわけではありませんが、現実的な費用計算をするとやはり不可能というべきでしょう。其の点、カリフォルニアは天候には恵まれているし、免許取得までの費用も日本の1/5程度と聞いていました。20歳で車、30歳でバイク、今の境遇を活かして40歳にして飛行機となった訳です。

2)動機ときっかけ

2年間駐在したニュージャージーより慌ただしく転勤して来て、クパテイーノに住居を構え1ヶ月。慣れてくると週末は時間を持て余す様に思っていたある暇な土曜日、カリフォルニアの空があまりにも蒼く、たまたま見かけた日系電話帳に『空…体験飛行』という文字が急に飛行機の操縦という、これまで現実味に欠けていた飛行への挑戦欲を掻き立てられました。潜在意識の奥底に自分で操縦する飛行機の機影があったのかもしれません。そして、勢い持って体験飛行を予約したものの想像と現実の狭間に、一体どんな事をするのか?させてくれるのか?どんな所なのか?不安で一杯でした。

体験飛行当日、ずらりと並んだ飛行機を初めて目前に見て緊張は頂点に達していましたが、首席教官の鳴沢さんから免許取得までの訓練内容を要領よく一通り説明を受け、始業点検を行い乍ら基礎的な操作方法を習って飛行機に乗り込み、離陸準備につくや‘パワーを一杯に入れて”と教官のかけ声。離陸から(勿論、教官の補助で)着陸まで、手に汗握っていました。横に乗せて貰えるだけと思っていた体験飛行、実は体験操縦でした。チェックリストに従って教官がエンジンを停止させるまで約30分程のフライトでしたが、一瞬の出来事。経験豊かな鳴沢さんの実施訓練を体験し、その日に入学を決定しました。


3)秘訣、苦労話、楽しかったこと。

週末だけを利用したほぼ1年がかりの訓練でした。ところがこの1年間ほど充実した日々はなかったといっても過言ではありません。20年ぶりに味わう目標をもった勉学。しかもこれまでに接したことのなかった航空力学やエンジン構造を整備士資格を持つ佐野さんに教わり乍ら、気象、法律…。決して半端な内容でないことに驚きながらその真剣さに益々惹かれていきました。空を飛ぶなんて何と危険な行為か、誰しもが常識的に思うその総ての懸念材料に対してすべからく安全確保のための背景と配慮が講じられている。そのシステムに驚嘆し、なるほどと納得させられる。
しかしながらパイロットとして身に付ける技能と責任も同時に明確にされ、身に付いていなければ先へ進めないという厳しさに感動すら覚えたものです。秘訣なんておこがましいですが、やはりコツコツ勉強することでしょうか。苦労とは、分からない部分をいい加減に飛ばして次へは進ましてもらえないときの焦りだったでしょうか。100点満点でなければ事実上一人じゃ飛べないという現実があります。校長自らが専任として私を受け持ってくれ、カリフォルニア1番に厳しい教官かもしれません。でもそれが楽しかった原点でもあります。

4)今後の可能性、目標。

プライベートパイロット、すなわち自家用単発有視界飛行士とは、マラソンに例えるなら初めの5キロ地点通過といったところでしょう。残り37キロには(IFR)計器飛行証明、事業用パイロット、マルチエンジン=双発限定資格などなど奥が深く、週末学習では数年がかりの資格取得となります。
私は趣味としてのプライベートパイロットですが、プロパイロットを目指す日本からの留学生に混じって、誰もが踏み出す第一歩の自家用を取得し、共有出来る経験が出来た事を嬉しく思います。ラインパイロットとして採用された彼等もこのフルマラソンを駆け抜け、それも優秀な成績を納めていった人達。もし趣味の世界であのジャンボジェットにまで到達できたら、なんて素晴らしい事だろうかと夢にみます。ジャンボに到達なんて、距離にしてフルマラソン5往復ぐらいかな?機長として安全第一を主眼に経験を積み乍ら、同時に腕を磨いて上級資格にチャレンジしたいと思っています。

5)Air Accordのお薦めポイント。

FAA=連邦航空局公認校とあり、入学当初は何の事や解らず、教官の方々の説明も無かったので、気にも留めていませんでしたが、訓練を受けて行く程に、教官皆さんの経験及びジェネラルアビエ−ション(産業航空)への関わりと貢献度の深さに、改めて脱帽しました。卒業生総数も250名を数え、当地のパイロット育成から日本の航空界で活躍している卒業生まで。同校の飛行課程と学科を終了するとFAA派遣の試験官(Examiner)による実施試験は免除。勿論、校内試験は受けなければ成りませんが、その難度は実施試験と同等、いやそれ以上とか?私が免許を取得した2ヶ月後には、事業用、計器飛行証明も公認を受け、そういった上級資格でさえ認可を受けている日本人経営スクールは全米唯一だと思います。その教官皆さんが航空局との連係した最新一貫教育を施してくれるので、安心して訓練を受ける事が出来ました。

6)英語が苦手?パイロット訓練を受けたメリット。

パイロットは操縦さえしていれば事足りるわけではありません。航空管制官との会話はすべて英語。平均的日本人にとってはこの管制塔とのラジオ交信は思った以上にてこずるもんです。私の場合、アメリカ駐在も、訓練を始めた頃で2年。
営業担当ですから、英語には少なからず自信がありました。自社の部品を研究し、販売拡張からサービスまで、時に細部に渉る交渉にストレス無きにしも有らず。大空を飛行する爽快感はストレス解消に役立つものと決め込んでいた当初の想像に反し、飛行機も訓練が進む程に細くて深く、飛んでるスピードも早いので回りが目まぐるしく向かって来ては過ぎて行く。それを経験すると、如何に地上での下準備が大事か頷ける。単独飛行が近付くと空港管制官とのやり取りも加わり、管制の流れを掴まなくては成らなくなってくると‘管制の聞き逃し等もっての他である”。御存知のように(無線タクシーの運転手さんが雑音混じりのラジオで交信)乗客の私達は何が何だかさっぱり解らん。日本から来たばかりの訓練生が下準備を整えて‘直ぐに慣れますよ”と言って単独で訓練飛行に出て行くのを見た時は、驚くばかりでした。そして、自分も操作や聞き取りに慣れて来るに従って、物の見方、考え方がより慎重に成った様に思います。経験話が尽きなくなるので此の辺にして、訓練経験を積んで得た財産は、友達を乗せて遊覧飛行を楽しんだり、カリフォルニア中を日帰り出来る飛行機本来の有効利用もありますが、英語に磨きをかける事が出来た事や、アメリカ航空事情に少しでも精通する事が出来た事も大きなメリットでした。自家用機のオーナーの方々も各々スタイルと深い見識を持って所有機に精通し、リクリエーションを仕事に活かし、共通した趣味を通して輪が広がりました。

初ソロ: 1999年10月30日、自家用免許取得:2000年6月25日